Vol.27 No.12
【特 集】 生活を豊かにする香り


下記文中の「(独)農・生研機構」は「独立行政法人 農業・生物系特定産業技術研究機構」の略です。

植物香り成分の働き
東京大学大学院 農学生命科学研究科    谷田貝 光克
 植物の香りには防カビ作用を持ち食品をカビから守り、また、腐朽菌の繁殖を抑制し、腐れを防ぐ働きがある。病原菌の襲撃後に合成されるファイトアレキシンは植物の能動的な抵抗性の現れである。 植物は害虫から身を守るために摂食阻害物質を蓄え、また、害虫の襲来を味方に知らせる情報伝達物質として香り物質を使う。植物香り成分にはダニやゴキブリなどに対する殺虫・忌避の働きを持つものがあり、 害虫に対する抵抗性発現にも香り物質は関わっているし、根を張るための勢力範囲を確保する他感物質としての働きも持っている。
←Vol.27インデックスページに戻る

花・果実などの香りはどのようにしてつくられるのか?
静岡大学 農学部応用生物化学科    渡辺 修治
 植物からは1,000種類以上の香気成分が発散されているが、それらの生成・発散機構、役割は多くの場合未解明のままであった。 最近の分子生物学的手法、分析化学的手法の進歩があいまって多くの知見が集積してきた。特に、植食昆虫などによる食害に対する植物の防御反応に関する分子生物学的研究、 あるいは農作物としての果実、花、茶葉などの香気成分生成機構研究はこの数年間に飛躍的に進展している。本稿では特に花、果実の香気生成機構、 新しい香気植物の作出の試みに関する最新の知見を紹介する。
←Vol.27インデックスページに戻る

森林の香りの癒し効果
(独)森林総合研究所    大平 辰朗
 森林の香りは、樹木の緑葉や樹幹から発散される馥郁とした香りがミックスされた「樹木の香り」と、自然界で唯一青臭さを呈する「みどりの香り」などで主に構成されている。 それらにはヒトの気分をリラックスさせたり、鎮静化させる効果のほか、生活環境で問題になるダニ、カビなどの忌避効果や空気汚染物質の除去効果などがあり、 快適な生活空間創出に大いに貢献し、総合的にヒトを癒してくれる。
←Vol.27インデックスページに戻る

バラの香り研究の新たな視点
(株)資生堂 製品開発センター    蓬田 勝之
 HT(Hybrid Tea)種を中心にした現代バラは、1867年に創出された“ラ・フランス”が四季咲き性、大輪、強健さなど、これまでにない理想的な園芸品種であったことより始まった。 また、1900年には、鮮やかな黄色のペルシアン・イエロー・ローズを交配親として、杏黄色でフルーティな甘さをもつ“ソレイユ・ドール”が作出された。 これらを契機に後年、競って交配を繰り返すことにより多種多様な花色や香りが世に出るようになった。ここでは、バラの香りの系譜および分類の試みと特徴香気成分を嗅ぐことによる心理・生理効果について述べてみたい。
←Vol.27インデックスページに戻る

花の香りの発散
(独)農・生研機構 花き研究所    大久保 直美
 花の香りはさまざまな揮発性化合物(香気成分)のブレンドである。花の香気成分の発散は、昼夜で強弱が変わる日周変化を示す。 さまざまな植物の花について、香気成分の発散リズムには内生のサーカディアンリズム(概日リズム:生物が体内に持つ約24時間周期の自律振動体)が関与していることが明らかになっている。 発散リズムが香気成分の生合成から発散に至る過程のどの段階で制御されているのかを明らかにするために、夜香性のPetunia axillaris の花の香気成分の発散リズムについて検討したところ、 花の中の内生香気成分に由来することが分かった。発散リズムは内生量のリズムの反映であると考えられる。発散のための特殊な機構の存在は確認されなかった。
←Vol.27インデックスページに戻る

製茶工程とお茶の香り
(独)農・生研機構 野菜茶業研究所    山口 優一
 お茶には緑茶、ウーロン茶、紅茶の種類があり、それぞれに香気特性が大きく異なる。茶種による香気の違いは、それぞれの製茶工程、 発酵(内部酵素による成分変化)強度の差によるものである。不発酵茶である緑茶は、摘採後すぐに加熱して製造するため、最も香気成分の変化が少ない。 半発酵茶であるウーロン茶、発酵茶である紅茶では、茶葉の摘採後、萎凋や揉捻処理を行ってから加熱乾燥するため、テルペンアルコールなどの花様の香気を示す成分が生成し、 特徴的な香りとなる。これらの発酵生成香気成分は、配糖体前駆物質からグリコシダーゼの作用により生成することが明らかにされている。
←Vol.27インデックスページに戻る