Vol.33No.3
【特 集】 最新の農林水産研究トピックス


新しいいもち病抵抗性遺伝子pi21の発見と育種利用
(独)農業生物資源研究所 QTLゲノム育種センター    福岡 修一
愛知県農業総合試験場 山間農業研究所    坂 紀邦
 陸稲の持続的ないもち病抵抗性に関わる遺伝子pi21を特定し,この遺伝子がこれまでの抵抗性遺伝子とは異なる構造と機能を持つことを明らかにした。pi21遺伝子は水稲では抵抗性反応を抑制するのに対して,いもち病に強い陸稲では,この遺伝子の機能が低下することによって,いもち病に強くなる。pi21遺伝子の位置情報を利用して,陸稲のpi21遺伝子の近くにある食味を低下させる遺伝子を持たず,pi21遺伝子だけを持つ個体を選抜することで,これまで困難であった良食味でいもち病に強い水稲品種の開発に成功した。
(キーワード:イネ,いもち病抵抗性,圃場抵抗性,遺伝子単離,ゲノム育種)
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遺伝子組換えバラ SUNTORY blue rose APPLAUSE の開発と商業化
サントリーホールディングス株式会社 田中 良和・勝元 幸久・福井 祐子・水谷 正子・
中村 典子・戸上 純一・岩城 一考・津田 晋三
 バラには,多くの青い花に含まれるデルフィニジンという色素がない。デルフィニジンを生合成するために必要なフラボノイド3"5"―水酸化酵素遺伝子を,適切なバラ品種に導入して発現させることにより,デルフィニジンを90〜100%含み,花の色が青く変化した遺伝子組換えバラを得た。この中から選抜した系統を「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物多様性の確保に関する法律」に基づいて評価を行った結果,国内で生産・販売しても生物多様性に影響するリスクはないか,あっても小さいことを示し,大臣承認を得た。国内のバラ農家で生産し,2009年11月から販売を始めた。
(キーワード:アントシアニン,遺伝子組換え,デルフィニジン,バラ)
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米粉や飼料米に向く多収米品種「ミズホチカラ」の育成
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センター    坂井 真
 輸入穀物価格高騰への対策や食料自給率向上のために需要が高まっている,米粉原料用や飼料用などに向く多収イネ品種「ミズホチカラ」を開発した。「ミズホチカラ」は出穂期が「ニシホマレ」並の中生種で,耐倒伏性が強く粗玄米収量が一般主食用米より約20%多収である。玄米品質・米飯の食味は不良であり主食用には適さないが,製粉時のデンプン損傷が少なく,米粉パンの膨らみが良好であるなど米粉加工適性に優れ,飼料米にも利用できる。福岡県では,飼料用米として21年度から作付けが開始され,熊本県で米粉用途向けにも普及が始まっている。
(キーワード:水稲,育種,多収,飼料米,米粉)
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ブタゲノム塩基配列の概要解読の完了
(独)農業生物資源研究所 上西 博英
(社)農林水産先端技術産業振興センター 両角 岳哉・金森 裕之・小川 智子・金谷 菜保恵・
新開 浩樹・鈴木 恒平・土岐 大輔・松田 麻衣子・
松本 敏美・美川 亜弓・奥村 直彦・神谷 梢・菊田 有・
栗田 加奈子・備籐 毅人・藤塚 奈穂子・山形 晴美
 ブタは食肉生産において極めて重要な家畜であるとともに,医薬品の前臨床試験等に用いる大型実験動物としても注目され,ゲノム塩基配列に代表される分子生物学的な基盤の整備が必要であった。そこで,ブタゲノム塩基配列解読を行うため,国際ブタゲノムシーケンシングコン ソーシアム(SGSC)が日本も参加して結成され,2009年11月までにゲノム塩基配列の98%についてのドラフト解読を完了した。これにより,肉質・生産性に優れたブタの育種や,実験動物としての生理機能解析などが加速化することが期待される。
(キーワード:ブタ,ゲノム塩基配列,国際コンソーシアム,ゲノム育種,モデル動物)
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微生物の「休眠遺伝子」を目覚めさせて新抗生物質を発見
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 食品総合研究所 越智 幸三・保坂 毅・亀山 真由美
アステラス製薬株式会社 村松 秀行・村上 果菜・鶴海 泰久・
小谷 真也・吉田 充・藤江 昭彦
 われわれが開発した「リボゾーム工学」および「転写工学」の技法を用いて,微生物とりわけ放線菌には,予想をはるかに上回る「休眠遺伝子」が存在することを明らかにした。これら休眠遺伝子の活性化は,これまで生産されることのなかった抗生物質の産生を可能にした。新規物質 であることを実証するために,特定の活性化放線菌から抗菌物質を単離・構造決定し,ピペリダジン4分子を含む新奇な物質(ピペリダマイシンと命名)であることを確認した。「休眠遺伝子」覚醒技術は,新薬発見に向けた革新的技術になるものと期待される。
(キーワード:休眠遺伝子,放線菌,リボゾーム工学,抗生物質)
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農作物や肉・魚介類など農畜水産物の産地や生産履歴を判別できる手法を開発
首都大学東京大学院    伊永 隆史・後藤 晶子・島野 淳子・岡原 功・清水 千明・
高見澤 淳・武蔵 正明・中下 留美子・鈴木 彌生子
 首都大学東京は,農畜水産物に含まれる軽元素(炭素,窒素,酸素など)のわずかな安定同位体比の違いを識別情報として活用することで産地や生産履歴を判別できる手法を開発した。産地判別にはDNA情報が有効でないため,微量無機元素組成比や化学成分の違いなどによる限られた評価手法しかなく技術の難易度が高い。生育水の違いによる酸素の同位体比と気候の違いによる炭素の同位体比から水系別の米産地を,餌や水から牛肉とウナギの国産品と輸入品を識別できることが示された。安定同位体の動態解析を通じ,産地表示の偽装防止・信頼性確保や食料自給率向上に大きく貢献すると同時に,アイソトポミクス新領域の基盤構築が待望される。
(キーワード:食品の安心安全,産地判別,質量分析法,安定同位体比,動態解析,アイソトポミクス)
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カドミウム高吸収イネ品種によるカドミウム汚染水田の浄化技術
(独)農業環境技術研究所 村上 政治・荒尾 知人・阿江 教治
山形大学農業総合研究センター 中川 文彦
新潟県農業総合研究所 本間 利光
福岡県農業総合試験場 茨木 俊行
秋田県農林水産技術センター 伊藤 正志
三菱化学株式会社 谷口 彰
 土壌のカドミウム濃度が高い水田において,カドミウム高吸収イネ品種をカドミウム吸収を高める「早期落水栽培法」で2〜3作栽培することにより,土壌のカドミウム濃度は20〜40%低減した。さらに,その跡地に栽培した食用イネの玄米のカドミウム濃度は,カドミウム高吸収イネを栽培しなかった場合に比べて40〜50%低減した。また,イネ地上部のうち,最初にもみだけを収穫し,その後天日で乾燥した稲わらをロール状にまるめて収穫する「もみ・わら分別収穫法」を採用し,さらに,ロールの上部を透湿防水シートで覆って水田に数ヵ月置く「現場乾燥法」で,カドミウムを含む収穫物の処理費用が抑制された。本浄化技術は,農業用水の必要量が少なく,既存の農業機械で対応できるため,低コストで広範囲での実施が可能である。今後,「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」に基づいてカドミウム汚染水田で実施される土壌浄化対策において,対策技術の1つとして活用されることが期待される。
(キーワード:イネ,カドミウム,高吸収,早期落水,土壌浄化)
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一つのワクチンで複数の感染症の防御ができる"豚用飲むワクチン"の開発
(独)農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所 下地 善弘・小川 洋介・宗田 吉広
株式会社微生物化学研究所 大石 英司
 豚丹毒は,グラム陽性細菌の一種,豚丹毒菌の感染により起こる感染症である。われわれは国内で使用されている豚丹毒生ワクチン株を用い,これに豚マイコプラズマ肺炎病原体の遺伝子を導入することで,豚丹毒と豚マイコプラズマ肺炎の両方に効果のある経口投与型ワクチ ンの開発に成功した。この技術は,ワクチン接種に伴う豚のストレスを軽減でき,さらに,大規模養豚に対応した省力化を可能にできる。
(キーワード:経口ワクチン,豚丹毒,豚マイコプラズマ肺炎)
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伝説の種雄牛「安福」号の冷凍精巣から体細胞クローン牛の作出に成功
岐阜県畜産試験場    星野 洋一郎・佐伯 和弘
 和牛を代表する資質系種雄牛「安福」号は1993年に老衰により死亡したが,その精巣が冷凍保存されていた。しかし,精巣はなんらの凍結保護処理をせずに13年間もの長期間冷凍されていたため,細胞が死滅しており体細胞クローンウシを作ることは不可能だと考えられていた。われわれはこの冷凍精巣に細胞が生存していることを見いだし,安福の体細胞クローンウシ「望安福」を作出することに成功した。この望安福は現在,2頭が生存しており,安福の産肉能力を調査するための生きた資料として活用が期待されている。
(キーワード:ウシ,体細胞クローン,動物遺伝資源,凍結保存)
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植物の免疫システムをかいくぐる病原性カビの「ステルス戦略」
(独)農業生物資源研究所    西村 麻里江
 植物病原性カビが農作物に与える損害は甚大である。植物には侵入したカビの細胞壁を「異物」として認識し,攻撃する免疫システムがあるにもかかわらず,病原性カビはこの植物の免疫システムをかいくぐって感染することができる。われわれはイネいもち病菌を用いた研究か ら,感染時のいもち病菌が,イネが認識できない「ステルス因子」で菌の細胞壁表層を覆い,イネの免疫システムによる攻撃を回避していることを発見した。病原菌のステルス戦略を標的とした防除法により植物病害を根本から防除できる可能性がある。
(キーワード:自然免疫,α―1,3―グルカン,ステルス戦略,いもち病菌,細胞壁)
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Vol.33No.3
【特集2】 第5回若手農林水産研究者表彰


魚類の輪紋周期性検証法の開発とその応用
(独)水産総合研究センター 遠洋水産研究所    岡村 寛
 魚類の硬組織上にできる輪紋周期性の検証結果は資源管理に大きな影響をもたらす。しかし,従来よく利用されるデータに対して,客観的・定量的に輪紋周期性を推定する手法は存在しなかった。そこで,通常の二項応答変数モデルと循環統計分布を組み合わせて輪紋周期の推定を行うという新しい統計モデルを開発した。さらに,本手法の有効性を検証するため,シミュレーションによる試験を行うことにより,通常得られる程度のデータ数(一ヶ月に20個体程度のデータ)があれば,正確に輪紋周期性を推定できることを示した。本手法は,今後の水産生物資源の持続的利用のために大いに活用されることが期待される。
(キーワード:統計モデル,輪紋周期性,持続的資源管理)
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高等植物におけるニコチアナミンの機能解析と有用作物の作出
宇都宮大学    高橋 美智子
 ムギネ酸類はイネ科植物の鉄獲得機構の主要な因子であり,高pHで不溶性となった3価の鉄を結合し可溶化する。またニコチアナミンはイネ科植物においてムギネ酸の前駆体であり,2価および3価の鉄,銅,亜鉛,マンガン,ニッケルなどを結合する。本研究ではムギネ酸類生合成経路上の遺伝子(ニコチアナミンアミノ基転移酵素遺伝子,NAAT)を導入することにより,ムギネ酸類分泌能を強化した世界で最初の「鉄欠乏耐性イネ」を作出した。さらに,NAATをタバコで過剰発現させ,ニコチアナミンが鉄,亜鉛,マンガン,銅などの体内輸送において必須であり,高等植物の生殖成長,種子の稔実に不可欠であることを明らかにした。この成果は鉄亜鉛含量の高いコメの作出に寄与した。さらに,ニコチアナミン合成酵素遺伝子を過剰発現するタバコはニッケル過剰土壌に耐性を示し,ファイトレメディエーションに有用であることが示された。動物の 血圧降下作用をもあわせもつ「ニコチアナミン」の活用は,農業,環境,ヒトにとって有用な作物の作出を可能にする。
(キーワード:ニコチアナミン,ムギネ酸,金属)
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農耕地から発生する温室効果ガスの発生量推定と削減技術の評価
(独)農業環境技術研究所    秋山 博子
 亜酸化窒素(NO)は京都議定書で削減対象の温室効果ガスであり,農耕地土壌はその主要な発生源である。本研究では世界の水田からのNO発生量について網羅的なデータベースの構築と統計解析により排出係数の算定を行った。また,日本の農耕地のNO発生量についても排出係数を算定した。一方,農耕地から発生する温室効果ガスの可搬型サンプリング装置を開発した。さらに,被覆肥料および硝化抑制剤入り肥料の平均的なNO削減効果を定量的に評価した。
(キーワード:亜酸化窒素,排出係数,水田,インベントリ,窒素肥料)
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