Vol.3 No.6
【特 集】 牛のアルボウィルス感染症の発生動向と予防戦略


特集の背景とねらい
農業・食品産業技術総合研究機構    津田 知幸
 アルボウイルス(Arbovirus)とは,蚊やヌカカ,あるいはダニのような吸血節足動物によって媒介され,動物に感染するウイルスの総称である。日本では,かつて流行性感冒として法定伝染病に指定されていたイバラキ病や牛流行熱をはじめ,妊娠牛の流産や死産あるいは子牛の先天異常を起こすアルボウイルス感染症が頻発している。アルボウイルスはその特有の感染形態のために通常の感染症対策は効果が乏しく,ワクチンによる予防が対策の中心になっている。しかし,近年の気候変動による媒介節足動物の活動域の拡大や,新たなアルボウイルスの出現と病型の変化などの新たな状況に対応した予防戦略と研究開発が求められている。本特集では,わが国の牛のアルボウイルス感染症の現状と防疫技術の開発研究について紹介する。
(キーワード:アルボウイルス,感染症,節足動物,ベクター,予防)
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牛アルボウィルス感染症の発症状況;
鹿児島県で発生したアカバネ病およびイバラキ病
鹿児島中央家畜保健衛生所    平島 宜昌
 鹿児島県は,温暖な気候を背景にアルボウイルスを媒介する吸血性節足動物の活動が活発であり,様々なアルボウイルスの侵入リスクにさらされている。2013年にはアカバネウイルス,イバラキウイルス等の複数のアルボウイルスの侵入が確認され,6件のアカバネ病ならびに2件のイバラキ病が発生した。今後のウイルス侵入に備え,ワクチン接種を主体とした発症予防対策を関係機関と連携して行うとともに,サーベイランスによりウイルスの動向を継続的に監視していく必要がある。
(キーワード:アルボウイルス,アカバネ病,イバラキ病,鹿児島県)
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牛のアルボウィルス感染症の流行監視と疫学
農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所    早山 陽子
 牛のアルボウイルス感染症には,異常産を主徴とするアカバネ病,アイノウイルス感染症,チュウザン病や,急性熱性疾患であるイバラキ病,牛流行熱などがある。いずれの疾病も,蚊やヌカカといった吸血昆虫によって媒介される。本稿では,これらの疾病の流行状況と全国規模の抗体調査の結果を用いて,アルボウイルス感染症の侵入・流行状況の多様なパターンについて説明する。そして,より効果的な流行監視システムの構築に向けて,気象モデルを用いた媒介昆虫の飛来解析に関する研究の一端を紹介する。
(キーワード:アルボウイルス感染症,媒介昆虫,流行監視,おとり牛,飛来解析
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牛のアルボウィルス検出・同定のための新たな遺伝子検査技術
農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所九州支所    白藤 浩明
 近年,牛のアルボウイルスに対するさまざまな遺伝子検査技術が開発され,診断や調査・研究に利用されている。牛のアルボウイルスの遺伝子を検出するRT―PCR法は全国の家畜保健衛生所等で利用されており,また,多検体を迅速に検査可能なリアルタイムRT―PCR法も実用可能な方法が開発されている。さらに,一部のアルボウイルスでは,中和抗原をコードする特定のゲノム領域の塩基配列を決定し,分子系統樹解析を行うことで血清型の同定が可能である。また,最近では次世代シーケンサーを活用した新規アルボウイルスの発見例がいくつか報告されており,その代表例として2011年の欧州における「シュマレンベルクウイルス」の発見が挙げられる。これらの技術を,その特徴を理解した上で利用することにより,診断や調査・研究における迅速性,効率性あるいは精度の向上が可能となる。
(キーワード:リアルタイムRT―PCR法,血清型,分子系統樹解析,次世代シーケンサー)
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牛のアルボウィルス感染症に対するワクチンの開発事例
一般財団法人 化学及血清療法研究所    小林 貴彦
 日本国内にて,牛のアルボウイルス感染症に対する複数のワクチンが実用化されており,感染症予防に貢献している。アルボウイルス感染症の流行を防ぐには,ワクチンによる予防が最も効果的であるが,ワクチンが期待する効果を最大限に発揮するためには,ワクチン株の抗原性が流行株に合致しなければならない。牛のアルボウイルス感染症の病原体の一つであるアカバネウイルスに関して,国内流行株を対象に血清学的解析成績等に基づき選定した株を用いたワクチンの実用化に至った。牛のアルボウイルス感染症に対するワクチンの開発事例として紹介する。
(キーワード:アルボウイルス感染症予防,ワクチン,製造用株選定,アカバネウイルス)
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ヌカカ類のアルボウィルス媒介能と生態
農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所    梁瀬 徹
 牛やめん羊に疾病を起こすアルボウイルス感染症の多くは,微小な吸血昆虫である Culicoides 属ヌカカによって媒介される。ヌカカは,様々な環境に適応して世界中に分布するが,その生態については不明な点が多い。近年のアルボウイルス感染症の大規模な発生を受けて,ヌカカの媒介能や発生場所などについて,研究に若干の進展がみられるようになった。国内では,野外採集個体からのウイルス分離やウイルス接種試験によって,ウシヌカカ等が媒介能を持つことが示唆されている。また,形態的に区別できない幼虫の種を,分子生物学的手法によって決定し,発生源を解明する技術が開発されている。媒介種の生態を詳細に知ることにより,アルボウイルス感染症の効率的な防疫に繋がることが期待される。
(キーワード:ヌカカ,媒介節足動物,発生源,アルボウイルス感染症,異常産)
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