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第23回

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昆虫が食卓に上る日


サクサン幼虫の筋肉細胞
培養したサクサン幼虫(野蚕)の筋肉細胞
(井上 元氏提供)

昆虫が食卓に上る日のために



 連載中、多くの読者から感想が寄せられましたが、文章が舌足らずでどうも「悪食」として読んでおられる方が多いのは残念です。 ぼくとしては「怖いもの見たさ」の悪食の紹介のつもりはなく、もう少しまじめに「資源としての昆虫の価値」を理解していただくのが真意だったのですが……。

 これまで急ぎ足で世界の昆虫食の事例を紹介してきましたが、では将来、昆虫食の復権の可能性はどうでしょうか?

 食用としての昆虫の利用は、前回述べました直接調理して食べる方法や、家畜飼料としての利用が分かりやすいのですが、 虫の形そのままの利用はすでにイナゴで実績のある日本でも抵抗があるかもしれません。

 それならば、昆虫から有効成分を取り出して利用する方法、あるいはそうした成分をバイオテクノロジーの手法と組み合わせて大量生産する方法などはどうでしょうか。 少なくとも「姿造り」でない分だけ普及上の利点はあるでしょう。

 近年は、昆虫の細胞培養技術が急速に進展し、大腸菌に代わるバイオテクノロジーの素材として世界的に研究がしのぎを削っています(=写真)。 この方面の専門家で食用昆虫にも造詣(ぞうけい)の深い三橋淳氏は、食用化のための昆虫培養細胞のコスト計算を試みています。

 培養細胞の増殖速度の速い昆虫では、理論的には5ミリリットルの培養液相当分の細胞が1ヶ月後には約2500兆個になり、 これを豚や牛などの細胞に換算すると実に25〜250頭分に相当するといいます。

 ただ昆虫細胞の培地は、牛の胎児の血清を必要とするなど格段に高価で、1キログラムの細胞を作るには培養液の費用だけでも約50万円になるそうです。 現状ではバイオテクノロジーによるよほど高価な医薬品の生産でもねらわない限り、宇宙旅行用の食料としてもまだ採用できる話ではありません。

 しかし、その生産効率は魅力的です。昆虫の細胞培養技術は低コスト化に向けても急速に展開中で、その経済性は将来に期待したいと思います。

 地球人口は今世紀の半ばには100億の大台に近づくと予想されています。世界的なタンパク源の不足は必至です。 ぼくは近い将来、その救世主として無限のリサイクルが可能な昆虫が食卓に上る日が必ず来ることを信じています。 その日に備え、どんな形で昆虫を食用化するにしても今のうちから昆虫に対するイメージの自己改革に取り組んでおくことをお勧めし、 この連載の終わりとします。長い間のご愛読ありがとうございました。