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ウスバキトンボの渡り


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ウスバキトンボ
(田中義弘氏原図)
 高校野球の夏の甲子園大会で、おびただしい数の「赤とんぼ」の乱舞が話題になることがある。ただしこれは、前項のアキアカネではなく、ウスバキトンボという別グループのトンボである。 アキアカネよりも一回り大きい黄褐色のトンボで、旧盆のころに目立って増えることから俗に「盆とんぼ」とか、死者の生まれ変わりの「精霊とんぼ」などとも呼ばれている。 ウスバキトンボは熱帯から亜熱帯にかけておそらく世界一広域に分布するトンボだが、夏には、さらに南北の温帯域にまで壮大な”渡り”をすることでもよく知られている。

 ウスバキトンボは日本では九州以北では越冬できないと考えられている。ところが、毎年5月ころには沖縄やさらにその南方地域から飛んできた成虫が内地にも姿を現す。 このトンボは季節風に乗って海を渡ることができ、潮岬南方500キロの定点観測船上で行われた1960年代の調査では、海上を飛んだり、海面に降りて休んだりする多数の本種が観察されている。

 ウスバキトンボは1年に何回も発生し、夏ならばわずか1か月余りで卵から成虫まで育つ。産卵場所も、溜め池や水田、市街地の貯水槽や学校のプールなど、 ”何でもござれ”で、ここで増殖した子供たちがさらに北上を続け、最後は北海道からカムチャッカ半島にまで至る。何世代もかけて目的地を目指す宇宙旅行みたいなものである。 さすがに北海道以北では数も少なくなるが、本州の中部あたりでは、甲子園を席巻するほどの数の夏のトンボとなる。

 ただし、ウスバキトンボは南国の虫である。水温が4℃以下になるとヤゴは死んでしまうし、休眠して冬を越すこともできない。宇宙旅行との根本的な違いは、 この渡りが希望も戻り道もない一方通行である点である。

 こうしてウスバキトンボは、はるばると渡り鳥も顔負けの旅でたどり着いた北の新天地で子孫を増やし、繁栄のきざしを見せるが、この後裔はすべて冬までには死に絶える。 ウンカの場合もそうであるが、何のための渡りか?は人知を超えたナゾである。



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